大相撲の横綱・稀勢の里は、中学を卒業と同時に相撲界に入門したたたき上げの力士です。
今回、その稀勢の里の最後の学生生活となった中学校を卒業するときに書かれた作文をご紹介したいと思います!
稀勢の里の意外な?文才をご覧ください!
稀勢の里の中学3年卒業文集の作文「最後の学校生活(上ばきはグリッパー)」
最後の学校生活(上ばきはグリッパー)
萩原 寛
この中学校生活が俺の最後の学校生活となる。
俺は今、中学校というのにピリオドをうち、社会人としての第一歩をふみだそうとしている。
そして最後となる学校生活は忘れられない思い出がたくさんある。
その中でも俺の心に残っていること、それは上ばきだ。
俺が思うに、上ばきは三年間はくものだ。
俺は二年の途中まで壊れかけた、いや壊れている(ソールがとれかけて地面に足がつく)上ばきをはきつづけた。
この上ばきの短所、便所にいくと便所の水がくつ下について、とてもいやな気持になる。
長所は俺の足のサイズは32センチなのに、29センチの上ばきでも楽にはけるところ。
恥ずかしいこともあった。朝練が終わって階段を登ってると、階段にソールがひっかかり、こけた。
後ろを見ると1年生の女が大爆笑。
俺を笑ってる?それともこの上ばき?俺は迷った迷いつづけた。
そしてわかった。どっちもだ。
この事件をきっかけに人の失敗を笑うことはあまりしなくなった(うそ)
が、しかし俺の恐れていたことが起きた。
先生がこの上ばきを「かえろ」っていってきた。
しかも親にもチクッた。
買いかえるしかなくなった俺は上ばきをかえることにした。
新しい上ばきははきごこちが悪かった。
でも今ははきごこちがよくなっている。
そして、この上ばきとも別れをしなくてはならない。
俺の今かいているペンも、そしてクラスのみんなも、中学校とも・・・・・。
しかし俺は自分のきめた道に旅だつ。ありがとうございました。
あえてさようならとはいいません。
そして今、俺の最後の学校生活が終わった。
出典:産経新聞社
すごい名作だと思いませんか?
感受性がめちゃくちゃ豊かで、表現や展開が劇画調で。笑
文章を読んでいると光景が頭に浮かんでくるような、惹きつけられるものがありますよね。
私は、始めて読んだとき、もうあまりの表現の面白さに大笑いしてしまいました!
そもそも、この「グリッパー」っていうのは何なんだ?と。笑
稀勢の里に聞いてみると、学校用の上履きを扱っているメーカーがあって、その上履きの商品名が「グリッパー」というものだったそうなんですね。
そんなことで、中学時代は上履きのことを通称グリッパーと呼んでいたんだとか。笑
でも、よくよく考えたら、中学の卒業文集に書く作文の題名が「最後の学校生活」なんですよね。
友達はほとんどが高校に進学する中で、将来の保証も何も無い実力だけがすべての相撲界にひとり出発する時だったわけで。。
寛少年はこの時、どんな気持ちで作文を書いて、ひとり相撲界への道を進んで行ったのかなぁ…なんて思いながら、もう一回読むと、15才の少年の胸に秘めた決意が伝わってきて、今度は涙がジワーっと込み上げてきてしまったんです。
稀勢の里は子供の頃からスポーツ万能で、小学校の時から少年野球をやっていましたが、それと並行してわんぱく相撲などにも出場したりしていたんです。
通っていた長山中学校には相撲部が無かったこともあり、部活は野球部に所属していましたが、相撲の道に進むことはだいぶ早い段階から決めていたらしく、中学3年の夏には「相撲界に行きます」と周囲にも気持ちを話していたそうです。
作文の最後に「俺は自分のきめた道に旅だつ」って…。
15才ですよ、たまんないですよね。泣
そして、その15才だった赤いほっぺのかわいい少年は、今、大相撲界を背負う大看板の横綱にまで昇り詰めました!
でも、赤いほっぺは今でも変わらないんですけどね。
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