貴乃花親方

貴乃花と景子さんが離婚!2人に生じた溝の理由は?

大相撲の横綱で元貴乃花親方の花田光司さん(46才)と元アナウンサーの河野景子さん(54才)が、10月25日に離婚していたことがわかりました。

貴ノ岩の暴行傷害事件に端を発し、理事選落選、弟子の暴行事件、相撲協会の退職、貴乃花部屋の消滅、そして離婚と…

公私共に激動の一年となった貴乃花、離婚の理由は何なのでしょうか?

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貴乃花と景子さんが離婚!23年半の結婚生活にピリオドを打った理由は?

 

貴乃花と景子さんは平成7年5月に結婚、1男2女をもうけ、23年半に渡り夫婦生活を共にしてきました。

景子さんは現役時代は貴乃花を支え、引退後はおかみさんとして貴乃花部屋を支えてきました。

今年9月に貴乃花が日本相撲協会に退職届を提出した時には、

「退職は私自身で決断しました。(景子さんは)黙ってうなずいていた」と、貴乃花親方は話していました。

さまざまな苦難を乗り越えてきた2人は、なぜ離婚という決断に至ることになったのでしょうか?

離婚に至った理由について貴乃花は、

「(相撲協会を)引退してからも一人の社会人として、生きていかなくてはならない。そこは真っすぐ進んでいかなければいけないこと。(進む道が違うのであれば、景子さんには)自分の道を行って欲しいということ。卒婚ということ。お互いに夫婦として卒業するということです」(スポーツニッポン抜粋)

と、話しました。

また、「円満な夫婦は別れない。円満じゃないから別れるということ。お互いの道を行こうということです」

とも心境を吐露しました。

 

 

今まで貴乃花が選び進んできた道を、共に自分の道と考えて従って来た景子さんの心に、さまざまな出来事が重なり、変化が生じたと考えるのが自然なような気がしますね。

貴乃花と景子さんは、事実上別居のような形で暮らしてきた時間が長かったのです。

2人には品川区に自宅があり、景子さんはこちらを拠点にして生活をしていましたが、貴乃花は貴乃花部屋を興してからは、弟子たちと共に江東区にあった相撲部屋の方で生活することにしていました。

始めは中野区にあった相撲部屋を江東区に移転してからは、貴乃花が品川の自宅に戻ることが少なくなり、2人がすれ違う時間が多くなったと言われていました。

そんな時間を過ごす中、貴ノ岩の暴行傷害事件をきっかけに、どんどん相撲協会との対立を深めていく貴乃花が、今まで以上に独断で物事を決め、周囲に相談なく進めて行ってしまう姿勢に対し、景子さんは自分のサポートの必要性を感じなくなっていってしまったのでは無いかと思われます。

また、息子の優一さんの進路に対する考え方にもすれ違いが生じていました。

貴乃花は優一さんに対して、靴職人の道を選んだのなら、職人として真っすぐその道を歩んで行って欲しいという考えを持っていましたが、景子さんは、優一さんが芸能活動をすることも含め応援をしていました。

貴乃花は相撲道一筋に歩んできた人ですから、本職をおざなりにして芸能活動をする優一さんに理解を示す景子さんとの間に、考えの溝が生じていたようでした。

離婚について3人の子供たちは、「両親が決めたことならという感じですから」と、納得して受け止めている様子だとか。

貴乃花は「離婚しても、我が子が変わるわけじゃない。そのためにも私自身がしっかり生きて行かなければいけないと思います」と、前に向いていました。

 

前述の離婚を決断した貴乃花の言葉にあるように、貴乃花がこれから先進んで行こうとしている道に、もう景子さんがついて行かない!と決めたことがまずもって、一番の離婚理由になるのではないかと思います。

 

景子さんは平成28年に「株式会社ル・クール」を設立し、「河野景子のことばのアカデミー」を開校したり、講演会などの仕事も積極的に行っていました。

その頃から、もう自立への道を模索し始めていたのかもしれませんね。

貴乃花は11月場所で、愛弟子の小結・貴景勝が幕内優勝を遂げたことで、「これで次に進めます。これから新たな土俵を求めて動くかもしれません」

と、人生の再スタートの決意も語っていました。

景子さんがついて行かないと決めた、貴乃花の次の道はどのような世界なのでしょうか?

今後も2人のそれぞれの世界での活躍を見守りたいと思います!

 

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