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大相撲・矢後、アマ横綱から16人目の幕内力士!北海道の両親と過ごした少年時代から入門まで!

アマチュア横綱からは御嶽海以来、16人目となる幕内力士となった矢後(やご)!

初土俵から所要10場所を経ての新入幕力士となりました。

相撲どころだった北海道からの大型ルーキーの登場で、地元では早くも注目を集めています!

少年時代を過ごした北海道で、どのようにして相撲と出会ったのでしょうか?

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大相撲・矢後のプロフィールをご紹介!


出典:毎日新聞社

 

北海道河西郡芽室町出身は、元横綱・大乃国(現・芝田山親方)と同郷で、大乃国が昭和58年3月に幕内力士となって以来、36年ぶり2人目の入幕力士となりました。

平成29年5月に幕下15枚目格付出しでデビューすると、所要2場所で新十両に昇進。

そのままアッと言う間に幕内に昇進してしまうかと思われましたが、8場所の足踏みを経て、平成31年1月に新入幕に昇進しました。

北海道から現れた大型ルーキーです!

 

【プロフィール】

  • 四股名:矢後 太規(やご・たかのり)
  • 本 名:矢後 太規(やご・たかのり)
  • 生年月日:平成6年7月8日(24才)
  • 出身地:北海道河西郡芽室町
  • 身 長:187㎝
  • 体 重:176㎏
  • 出身校:埼玉栄高校→中央大学
  • 所属部屋:尾車部屋

(平成31年1月現在)

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北海道で両親・兄弟と過ごした少年時代!相撲との出会い~入門まで!

 

矢後は北海道河西郡芽室町の出身で、現在もご両親はこちらにお住まいです。

お父さんは矢後 浩史さん(57才)で、町役場に勤務されています。

お母さんは正子さん(56才)で、看護士をされているそうです。

矢後は3人兄弟の真ん中で、兄と妹がいます。

お兄さんは典良さん(25才)で農協に勤務されています。

妹さんは英里さん(22才)でお兄さんと同じく農協に勤務されているそうです。

 

矢後は小さい頃から体が大きかったのですが、とても運動神経が良かったので、芽室西小学校の1年~3年までは水泳を、4年~6年までは柔道をやっていました。

相撲との出会いは小学5年の時、『十勝相撲道場』に通い始めたことがきっかけでした。

柔道をやっていたことで格闘技の面白さに興味を持ったことと、小さい頃から色々なスポーツをやっていたことで、全身が鍛えられていたため、道場に入るとメキメキと力を発揮し始めました。

もう小学生時代にはすでに「将来はお相撲さんになりたい!」と思っていたそうですから、自分の適性を見抜くのがとても早い子だったのですね!

芽室西中学校に進学してからも、相撲に打ち込む日々が続きました。

中学1年~3年では全中に出場し、3年で32強の成績を残しています。

中学卒業後、より本格的に相撲を続けたいと思い、地元北海道の親元を離れ単身埼玉県に移り、相撲の名門校である埼玉栄高校に進学し、監督の家での下宿生活を始めました。

厳しい稽古を重ねたことで、3年の時には全国ジュニア体重別選手権の重量級で、4位の成績を収めました。

埼玉栄高校を卒業後は中央大学に進学し、さらに本格的に相撲に打ち込むことになりました。

2年の時には東日本135㎏以上級3位、3年で東日本学生選手権3位、東日本135㎏以上級で優勝を果たしました。

4年では全国学生相撲選手権8強、全日本選手権で優勝を果たし、アマチュア横綱に輝き、幕下15枚目格付出しの資格を獲得したのでした!

 

 

子供の頃から憧れていた”お相撲さん”になれる日が、ようやく巡ってきたのです。

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四股名はしばらくは本名のままで!

 

所属する尾車部屋は、十両に昇進する時に「〇風」という様に、「風」のついた四股名をつけるのが通例でした。

「矢後はまだヤゴでトンボになって羽が出てきてから」と、師匠の尾車親方(元大関・琴風)は話し、十両昇進の際の四股名の改名はありませんでした。

親方は「北海道の人たちに矢後の名前を広めるのも親孝行。慌てる必要は無い」とも語り、出世の早かった矢後ならではの、尾車部屋では本名での幕内はもちろん、本名での関取も初めてのこととなりました。

尾車親方の矢後への期待は大きいため、いずれは自身の四股名であった「琴風」を継承させるつもりなのではないか?という噂も出たりしています。

身長187㎝、体重176㎏の体格は横綱、大関と比べても見劣りしないほど立派で、左四つ右上手からのスケールの大きな相撲も、存分に将来性を感じさせてくれます。

まずは幕内定着から上位進出を目指し、早く横綱、大関と対戦する姿を見せてもらいたいと思います!

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