大相撲の幕内力士として活躍中の正代(しょうだい)!
相撲の盛んな熊本県宇土市から誕生した関取です。
正代は子供の頃に相撲と出会ったきっかけがちょっと珍しく面白いのでご紹介したいと思います。
また正代は、両親と一緒に祖母も同居していたのですが、その祖母の名前を聞いたら驚いてしまいました!
今回はそんな正代のエピソードやご家族についてもご紹介していきたいと思います!
大相撲・正代直也のプロフィールをご紹介!
出典:サンケイスポーツ
正代は東京農業大学を卒業後、平成26年3月に相撲界へ入門しました。
初土俵から負け越し無しの所要9場所という早さで、平成27年9月には新十両に昇進。
十両も2場所で通過し、平成28年1月には晴れて幕内力士となりました。
新入幕の場所で敢闘賞を受賞し、入門以来ほとんど大きな怪我もなく、トントン拍子で出世してきました。
平成29年1月には新三役(関脇)にも昇進し、三役は2場所務めましたが、まだ三役での勝ち越しの経験はありません。
四股名の「正代」は本名のまま。珍しい名字なので、そのまま使うことになりました。
【プロフィール】
- 四股名:正代 直也(しょうだい・なおや)
- 本 名:正代 直也(しょうだい・なおや)
- 生年月日:平成3年11月5日(27才)
- 出身地:熊本県宇土市
- 身 長:184㎝
- 体 重:162㎏
- 出身校:東京農業大学
- 所属部屋:時津風部屋
(平成30年12月現在)
正代の祖母の名前が驚き!両親はどんな人?兄弟は?
正代は熊本県宇土市の出身で、現在もご両親はこちらにお住まいです。
お父さんは、正代 巌さん(55才)で、自動車整備士のお仕事をされています。
お母さんは、理恵さん(53才)で、パートのお仕事をされているそうです。
正代家はおばあちゃんが同居しているのですが、そのおばあちゃんの名前が、正代さん…
え?正代さんとは、普通にまさよさんなのですが、かねてからご紹介しているように、名字が正代さんですので、おばあちゃんの名前は、正代 正代さん(しょうだい・まさよ)さん(88才)なんですよね!
名字と名前が文字までまったく一緒という、これはかなり珍しいお名前だと思います。
おばあちゃんは、正代さんというお名前で嫁いだ先が正代家だったということなんでしょうね!
正代という名字は全国でも数百軒しかない珍しい名字らしいのですが、熊本県宇土市には多い名字だそうなので、きっとそうなのだと思います。
正代は3人兄弟の真ん中で、姉と弟がいます。
お姉さんは、彩さん(29才)で、看護士のお仕事をされているそうです。
弟さんは達也さん(19才)です。
正代の何となくホンワカとした雰囲気は、やっぱり三兄弟の真ん中の子!って感じがしますよね。笑
(※年令は平成30年12月現在)
相撲を始めたきっかけは「見知らぬ男性に車に乗せられて…」!?
生後7ヶ月頃の直也少年ですが、満面の笑顔で可愛いですね!
でも、小さい頃はとても人見知りをする子だったそうです。
直也少年が相撲と出会ったのは小学1年の時、とてもひょんな出来事がきっかけでした。
直也少年が友達と近所の公園で遊んでいたところ、一人の見知らぬ男性が近づいてきて、こう声をかけたと言います。
「ボク、体が大きいね。相撲やってみない?相撲場に来る?」
こちらがその見知らぬ男性、地元の宇土相撲クラブの監督、園田 茂さんです!笑
園田監督は直也少年が住んでいる家の前に住んでいる子を相撲クラブにスカウトするために訪れていました。
その時にその家の人に「もっと大きな子がいますよ」という話しを聞いたのだそうです。
それが、正代家の直也少年だったんですね。
監督はその足で、近所で遊んでいた直也少年を見つけました。
そこで前述のように声をかけたのです。
直也少年は、その見知らぬ男性からの誘いに、何の警戒も疑問も持たず、全然抵抗も無く、素直に「うん!」と応えたので、監督はそのまま車に直也少年を乗せて、相撲場まで連れて行ったといいます。笑
監督が直也少年のご両親に許可を得てから連れて行ったのかは定かでは無いのですが、良い子は知らないおじさんに誘われても、すぐに車に乗ってついて行くのは止めましょうね。笑
直也少年はこの出来事をきっかけに相撲を始めることになったのですが、最初に出場した大会で県で入賞を何度かしたことで、両親もこれは本格的に相撲をやらせようと思ったそうです。
小学5年の時には、わんぱく相撲の全国大会にも出場しました。
両国の国技館での初めての全国大会はベスト32!
全国大会は、今までの県大会と比べ物にならないほどのお客さんの数で、場の雰囲気に圧倒されたことを、今でも覚えているそうです。
その国技館の土俵にプロになって立つことになるとは、その時は思いもしなかったでしょうね。
小学校を卒業し宇土市立鶴城中学校に進学しても、相撲は続けていきました。
中学3年の時には全中の大会で8強になりました。
熊本県は相撲の盛んな地域なので、高校も相撲部の強い、県立熊本農業高校に進みました。
2年の時には選抜大会で2位、3年の時には高校総体出場、国体少年の部で個人優勝も収めました。
東京農業大学から相撲界へ!幕下付け出し資格を使わなかった理由は?
高校を卒業後、相撲を続けるために東京農業大学へ進学しました。
高校時代から全国区で名前が知れ渡っているほどの実力者でしたが、大学に進むとその才能は一気に開花するのです。
2年の時には全国学生相撲選手権で個人優勝を果たし、見事に学生横綱に輝きました!
その時決勝で戦った相手は、現在幕内力士として活躍している北勝富士でした。
正代はこの優勝によって幕下付け出し資格の権利を得たのですが、それを行使ぜず、相撲界への入門は大学を卒業してからにしたのでした。
幕下付け出しでデビューすれば相撲界での出世も早くなる訳ですし、その道を進む選択肢もあったと思うのですが、正代は、
「自分の目標がその時は、大学での団体優勝だったので、まだ目標達成していないのに、個人優勝して付け出し資格を貰えたからといって、途中中退で行くようなものでは無いと思たので」
と言うのが理由でした。
自身の成功より、まずは大学の仲間との目標を優先したということですね!
なかなか男気に溢れていますね!
その後、大学を卒業後に時津風部屋に入門、相撲界デビューとなりました。
入門後はプロフィールでもご紹介したように、初土俵から負け越し無しの所要9場所で新十両に昇進!
トントン拍子の出世で幕内力士となりました。
正代は、関取になった時に、対戦してみたい相手を聞かれて、
「誰とも対戦したくないかなぁ…」と答え、そのネガティブ発言が有名になりました。
その後も目標を聞かれた時も、「現状維持かなぁ」とも答え、笑いを誘っていましたが、もともとあまり強気な負けず嫌いタイプでは無く、少々のんびり屋さんのマイペースなお人柄なのかもしれませんね。笑
三役にも昇進しましたが、三役在位はまだ2場所で勝ち越しの経験は無いので、これからの目標はまずは三役返り咲きと定着になるのでしょうか。
ネガティブな発言をしながらも、相撲界の番付を一気に幕内上位まで駆け上がってきたことを考えると、正代が超本気モードになったら、一体どうなってしまうのだろう?と思わせてくれますね。笑
もろ差しの巧さや馬力は、幕内でも他を寄せ付けないくらいのものがあります。
握力も右84㎏、左91㎏と現在の幕内力士の中では一番の怪力なのです。
ここから先さらにワンランクアップして、大関候補となる正代を早く見てみたいと思います!